石大師の画像、百度から。

最近知乎によく出入りしており、これは知乎での回答です。こちらにも転載します。
石大師、彼のファンは皆石昆牧を「大師」と呼びますが、仮にそう呼ぶとして、石大師にはやはりある程度の実力があります。私は次のように見ています。
商人として。非常に合格であり、勤勉で、自己研究し、本を出し、茶を出し、もっともらしく振る舞い、あちこちで自分を売り込み、独自の理論を持っています。まさに商人の模範であり、同じく商人である私としては、正直及ばないと感じます。
学者として。それは投機家であり、他人のものを整理しているに過ぎません。例えば台湾の初期の茶人の認識や、初期の茶葉関連書籍、業界フォーラムの記事などから自分の認識を形成し、他人の受け売りで、すぐに自分の理論を作り上げ、自分を大師と称しています。認識の高低や正誤は気にせず、とにかく茶が売れればいいのです。これらを基に、雲南のいくつかの茶産地で詐欺まがいの活動をし、偉そうに指図し、大げさに茶を評価し、無理やり自分を大師に仕立て上げ、さらに本を著して名声を得ました。しかし、このような一時的な興奮剤のような野蛮な発展は、必ず穴だらけであり、彼を支持する人もいれば、非難する人はもっと多いのです。しかし幸いなことに、この大師は図々しい性格で、処世術に精通しており、反対する者は皆、自分ほど茶を理解していないという態度です。おおよそそんな感じで、今日まで上手くやってきています。
茶業界には、このように大師を装った真の商人が多くいます。やはり茶を飲むことにしましょう。
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