本文は2013年10月19日に書かれた
作者:呂建鋒
A君四
——若き日の荒唐な歳月を記念して
A君が二十歳の頃、金庸や古龍の武俠小説が好きで、義理人情を重んじ、腕はないが度胸はあった。
ある日、Aは友人とミニバスに乗っていた。北京のミニバスには運転手と車掌がいる。乗客の一人が金がなかったのか、混雑に乗じて乗車時に切符を買ったと言い張ったが、大柄な車掌に引きずり降ろされ、平手打ちを連打された。A君は頭に血が上り、大声で「もう発車しないならお前をぶち殺してやる」と叫んだ。車内は静まり返り、車掌は手を止め、運転手と顔を見合わせて無言のまま、車は走り出した。
またある日、北四環のラウンドアバウトの道端で、Aは数人が将棋で金を賭けているのを見て、「詐欺だろ」と何気なく言った。すると3、5人がAに飛びかかってきた。Aは最前列の男を蹴り飛ばし、振り返らずに全力で逃げ切った。
ある時、Aの同郷の友人が青果市場で豚肉売りに殴られた。そこでAは同郷の者十数人を集め、鉄パイプや包丁を持って行き、暴行した小売商を追いかけて斬りかかった。周囲の肉屋たちは騒いだが動けず、小売商は血まみれになり、Aたちは悠然と退散した。
また別の時、Aの別の同郷の友人が郊外の住居でスイカ売りを殴った。その男は地元のチンピラ集団の一員で、北京近郊の農村出身のならず者たちだった。親分が仲間を連れ、長いスイカ切り包丁を持ってAの同郷の友人を探し回った。週末になると、Aは同郷の友人を連れて直接親分の家に乗り込んだ。十数人のチンピラがすぐに取り囲み親分の指示を待った。殴られた男がスイカ切り包丁を持ってAの後ろの同郷の友人に突きかかった。Aは素手で刃を握り、香港のヤクザ映画のように刀が動かせなくなった。親分は慌てて「皆、動くな」と叫んだ。Aはゆっくりと「俺たちはみんなよそ者だ。本当にやり合うなら怖くない。お前たちを殴って逃げれば、お前たちにはどうしようもない」と言った。親分は「ただで済むわけにはいかない」と言い、Aは謝罪の宴を設けることで決着した。おそらく地元の顔役は流れ者の勇者を恐れるものだ。これで一件落着した。
Aが殴られたり斬られたりしたことはさらに多いが、紙面の都合上、次回に続く。
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